草楽工房日乗(1)

草楽工房日乗(1)に寄せてー草楽工房日乗とは

 昨年の春に満70歳を迎えて薬科大学のフルタイムの教授職を退いたので、今後は、自宅の一部を草楽工房と名付けてここを拠点に活動を続けていこうと思っている。そこで、ここでの活動の一端を「草楽工房日乗」と名付けてブログとして書き連ねてみることとした。今回はその第1回としてなぜこの名称でブログを始めることにしたかをまとめておきたい。

 草楽とは「薬」という字を上下に分けたものである。すなわち、「薬」という字は「草冠」に「楽」であるから「草楽」となる。この「草楽」という語を使いたいと思ったきっかけであるが、この語は、永年私が携わってきた学問対象である「薬」を意味するとともに、その中でもとくに多く関係した薬用植物という「草」を楽しむという意味合いを強調したかったからである。

 そして、その名称に「草楽工房」と「工房(アトリエ)」を付けたのは、この草楽工房は、薬草の栽培を楽しみ研究・観察する「草楽園」(自宅の庭)と薬草に関する情報などを収集・執筆する「草楽庵」(自宅の書斎)の二つを総称した名称としたかったからである。すなわち、[草楽工房=草楽園+草楽庵]ということになる。

 一方、「日乗」は「日記」と同じ意味の語である。この語を使った有名なものには永井荷風による『断腸亭日乗』があり、これは荷風の残した日記に名付けられた。この中で、「断腸」とは荷風が「断腸花」とも称されるシュウカイドウを手に入れ、その住まいに植えたことに因むとされている。諸説あるようだが、この断腸花という名前は薄幸の美しい女性の物語に因むもののようである。

 なお、このブログを記載し始めた私は歴史上にあらわれた毒草にも興味を持っている。奈良時代に成立した東大寺正倉院に「冶葛(やかつ)」という生薬が8世紀中頃から収蔵されている。そして、この生薬はゲルセミア・エレガンスという、東南アジアを中心に自生する植物の根から調製されたものであることが20世紀の末になってから明らかとなった。この植物や正倉院薬物の一つである冶葛にまつわる話についてはいずれこのブログにも書こうと思っている。ゲルセミア・エレガンスは中国南部にも自生しており、当地では「断腸草」とも称されるという。こちらはシュウカイドウの場合の美人伝説とは異なり、この植物の毒性発揮の様子(腸が千切れるほど痛む)から名付けられたもののようである。

 さて、今回は初回ということで、このブログをなぜ「草楽工房日乗」と名付けたかを書かせていただいた。この草楽工房日乗は今後、大体月に1〜2回のペースにて書き綴っていく予定にしている。(船山信次 2023.3.28.)